プラセンタは本当に更年期症状に効くのか?
― 期待と現実を医学的に整理する
はじめに
更年期の不調は、ほてりや発汗、不眠、動悸、気分の落ち込み、疲れやすさなど、日常生活の質を大きく左右します。こうした症状に対して、「プラセンタが効くらしい」受診したら「注射を勧められた」という話を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
実際、プラセンタについては「効いた」「楽になった」という声が多く語られる一方、制度上の位置づけやリスク、医学的な評価の限界については、十分に共有されていない印象もあります。
前回の記事では、プラセンタの自己注射について、安全性や制度の観点から整理しました。
▶︎ 前回記事
https://haijia2013.com/20260103-2/
今回はその補足として、「プラセンタは本当に更年期症状に効くのか?」という疑問に対し、注射製剤に焦点を当て、医学的に整理をしていきます。
まず整理したい前提
プラセンタ注射とサプリメントは別に考える必要があります
最初に、まず区別しておきたい点があります。本記事で扱うのは「プラセンタ注射(医薬品)」です。
市販されているプラセンタサプリメントとは、
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原料
-
製造過程
-
規制
-
リスク
が大きく異なります。
一般に、
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注射製剤:ヒト胎盤由来
-
サプリメント:主にブタ胎盤由来
とされ、サプリメントは感染症リスクの面では相対的に低いと考えられます。
ただし、効果の評価軸も、医学的な位置づけも全く異なるため、同列には語れません。
サプリメントについては、別の記事であらためて整理する予定とし、今回は プラセンタ注射に限定して話を進めます。
プラセンタとは何か
― 成分にはホルモンは含まれていない
プラセンタとは、胎盤から抽出されたエキスを指します。
含まれているのは、アミノ酸、ペプチド、成長因子様物質、ビタミン・ミネラルなどです。
詳しい作用機序、感染リスクなど科学的・医学的にいまだ明確になっていない「未知の領域」も存在します
ここで、とても大切な誤解について触れておきたいと思います。
胎盤=女性ホルモンが大量に含まれている、という誤解
私は助産師として、妊娠・出産に長く関わってきました。
もちろん胎盤は見たことも触ったこともあり、胎盤も一人ひとり違いがあり、尊いものです。
妊娠中、胎盤は女性ホルモン(エストロゲン・プロゲステロン)を大量に分泌し、母体と胎児を守り、妊娠を継続させる重要な臓器です。
この事実から、「胎盤由来のプラセンタには、女性ホルモンがたくさん含まれているのではないか」と誤解されることがあるのだと思います。
しかし、ここには大きな違いがあります。
妊娠中の胎盤は“生きた臓器”ですが、出産後に排出された胎盤は生きた胎盤ではありません。
排出された胎盤は、もはやホルモンを分泌する機能を持ちません。
そのため、プラセンタ製剤に女性ホルモンが含まれているわけではありません。
プラセンタ注射は、
-
ホルモン補充療法(HRT)ではない
-
ホルモン低下を直接補う治療ではない
という点は、正しく理解しておく必要があります。
日本で使われている主なプラセンタ製剤(メルスモンとラエンネック)は、特定の疾患に対する保険適用が認められています。
プラセンタ製剤が承認された背景と、現在の評価基準の違い
日本でプラセンタ注射が認可されたのは、1956年で1950年代から使われ始めました。
しかし、現在とは医療環境が大きく異なる時代でした。
当時は、
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更年期治療の選択肢が限られていた
-
臨床研究の評価基準も現在ほど厳密ではなかった
という背景があります。
現在の医療では、
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ランダム化比較試験
-
十分な症例数
-
客観的評価指標
-
長期的な安全性・予後
が重視されます。
この「評価のものさし」の違いや再評価がされていないことが、プラセンタをめぐる認識のズレを生んでいます。
現在も研究論文は存在する
― 日本語・注射製剤に関する報告(ただし限界もある)
プラセンタ注射については、日本国内でも発表された日本語論文や報告が存在します。
主に、
-
更年期障害女性に対する使用経験
-
症状スコア(SMIなど)の変化を評価した、観察研究・症例集積研究が中心です。
これらの報告では、ほてり、倦怠感、不眠などの改善が示唆されています。
なぜ「医学的に確立した」と言い切れないのか
一般に、治療の有効性を医学的に評価する際には、症例数、研究デザイン、評価指標、長期的な経過などが重視されます。
プラセンタ注射に関する日本語の報告を見ても、これらの観点からは、解釈に慎重さが求められる点が残ります。
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症例数が比較的少ない研究が多い
-
ランダム化比較試験は限られている
-
評価指標がSMIなど主観的尺度に依存している
-
長期的な予後について十分な検討が少ない
これは「効果がない」という意味ではなく、標準治療として強く位置づけるには、情報が十分とは言えないという整理です。
ガイドラインでの位置づけ
― なぜ標準的に推奨されないのか
日本医学学会より出版されているホルモン補充療法ガイドラインや日本産婦人科学会から出されている更年期診療ガイドラインでは、更年期の標準治療として
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ホルモン補充療法(HRT)
-
漢方療法や抗うつ剤などの非ホルモン治療
-
カウセリングなどの心理社会的支援 が体系的に整理されています。
HRTについては、適応・禁忌・リスク説明・フォロー方法などが明確に示されています。
一方で、プラセンタ注射はホルモン補充療法ガイドライン上の記載はありますが、標準治療として整理されていません。
CQ502 :プラセンタ療法は更年期障害に対するHRTの代替となるか?
→ HRTの代替とはならない
これは「否定されている」という意味ではなく、推奨に足るだけのエビデンスが十分に積み重なっていないという位置づけです。
プラセンタ注射のリスク
― 特に重要な「献血制限」
プラセンタ注射を受けた方は、原則として献血ができなくなります(事実上、生涯制限)。
現在までに、プラセンタ注射が原因となってクロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)などの感染症が発生したという報告はありません。
それでも献血が制限されている理由は、「リスクが証明されたから」ではなく、「理論上、その可能性を完全には否定できないから」です。
ヒト胎盤由来の製剤は、
-
人の組織を原料としている
-
現在の検査技術では、すべての未知の感染因子を完全に検出できるとは言い切れない
という特性を持ちます。
そのため、「限りなく低いと考えられるリスクであっても、血液製剤という公共性の高い分野では、予防原則を優先する」という判断が取られています。
これは、プラセンタ注射を受けた個人を危険視するための制限ではなく、輸血を受ける側の安全を最大限に守るための制度です。
ただし、この制限は、日常生活に支障が出るものではない一方で、「献血を大切に考えてきた人」にとっては、心理的に大きな意味を持つ選択になることもあります。
家族が輸血で命を取り留めたので、恩返しに献血をしたいと思ったが、過去にプラセンタを注射していたために叶わないと話していた方もいます。
だからこそ、プラセンタ注射を検討する際には、効果や体験談だけでなく、献血ができなくなるという事実と、その理由を理解したうえで判断することが大切です。
この点を、後から知って「そんな重要なことだと思わなかった」「事前にきちんと説明してほしかった」と感じる方が少なくありません。
効果だけでなく、失う可能性のあるものも含めて判断することが大切です。
「効いた人の声」だけが目立つ理由
プラセンタについて調べると、肯定的な体験談が多く見つかります。
私も「プラセンタが良く効いた、仕事上など勝負時はプラセンタを打ちに行く」と言っていた方もいました。
一方で私は相談を受けた中で、あるいは更年期世代の方と話す中で「効かなかった」という声も何度か聞いたことがあります。
しかし、一般的にはあまり表に出てきません。
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効かなかった人は語らない
-
続けている人の声が残りやすい
-
広告や体験談は成功例が前に出やすい
-
費用や時間をかけたことで納得したくなる心理
こうした構造が重なり、情報は自然と片寄ります。
実は効いた人より、効かなかった人の方が多いのかもしれません。
それでも「楽になった」と感じる人がいる理由
更年期症状は、
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自律神経
-
生活環境
-
心理的要因
-
自然経過
の影響を強く受けます。
定期的な通院、ケアされる安心感、生活を見直すきっかけなどが重なり、「楽になった」と感じることは十分にあり得ます。
大切なのは、体感を否定せず、医学的な位置づけを冷静に整理することです。
そのため、私は「積極的に推奨はしないが、最終的な選択は本人に委ねられる」という立場を取ってきました。
では、なぜ医師はプラセンタを勧めることがあるのか
― 否定ではなく、背景を理解する
ここまで読むと、「では、なぜ医師はプラセンタ注射を勧めるのだろう?」と疑問に思う方もいるかもしれません。
私も同じ医療者であり不思議に思っていることです。
この点についても、医師が間違っている/患者が誤解しているという単純な話ではありません。
いくつかの背景があります。
① 更年期症状は「検査で異常が出にくい」
更年期のつらさは、ほてり、動悸、不眠、不安感、倦怠感など、自覚症状が中心です。
血液検査や画像検査で「明確な異常」が出ないことも多く、診断や評価がとても難しい領域です。
医師としては、「このつらさを、何とか和らげたい」という思いを持ちながらも、すべての人にHRTが適応になるわけではありません。
その中で、比較的安全に使われてきた経験のある選択肢として、プラセンタが提示されることがあります。
② HRTが使えない・使いたくない人が一定数いる
更年期治療の柱であるHRTは、非常に有効な治療法である一方で、
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既往歴
-
リスクへの不安
-
本人の希望
などから、HRTを選択しない/できない人も少なくありません。
そのような場合、医師は「何もしない」か「別の選択肢を提示する」かを迫られます。
医師も辛い思いをしている女性に「何もしない」という提案はしにくいものです。
プラセンタは、
-
ホルモンではない
-
重篤な副作用が比較的少ないという特性から、“間をつなぐ選択肢”として提案されることがあります。
③ 「楽になった」という体感を示す患者さんが実際にいる
臨床の現場では、「注射を始めてから、少し楽になった」「眠れるようになった気がする」という声を聞くことがあります。(効かなかった人は、以後受診しないので、効かないという声は消えていくという面もあります)
医師は、論文だけでなく、目の前の患者さんの反応も見ながら診療をしています。
そのため、一部の患者さんで体感的な改善が見られる場合、「この方には合っているのかもしれない」と判断されることがあります。
これは、医学的評価とは別に存在する臨床現場ならではの視点です。
④ 日本では長年使われてきた歴史がある
プラセンタ注射は、日本では長い間、医療現場で使用されてきました。
そのため、
-
「経験的に使われてきた」
-
「大きな問題が起きていない」
という印象を持つ医師も少なくありません。
この「歴史」は、エビデンスとは別の軸で、治療選択に影響を与えることがあります。
⑤ 医師の役割は「治療を選ぶこと」医師の役割は、診断し、治療の選択肢を提示し、その中から患者さんと一緒に決めていくことです。
その過程で提示されることは、必ずしも不自然ではありません。
それでも大切なのは「説明」と「理解」
ここまでの背景を踏まえると、医師がプラセンタを勧めること自体が直ちに問題だと言うことはできません。
ただし大切なのは、
-
どのような位置づけの治療なのか
-
何がわかっていて、何がまだ十分ではないのか
-
どのような不利益(献血制限など)があるのか
を、本人が理解したうえで選べているかどうかです。
診断と教育 ― 役割の違いが支える医療
医師は、診断と治療を担います。一方、助産師や看護職、保健医療職は、情報を整理し、理解を助け、選択を支える役割を担います。
どちらかが正しく、どちらかが間違っているのではありません。
役割が違うからこそ、補い合うことができます。
プラセンタについても、「勧める・勧めない」の二択ではなく、理解したうえで選べる状態をつくることが、結果的に多くの女性を守ることにつながると考えています。
よくある質問(FAQ)
Q1. プラセンタ注射は更年期症状に本当に効くのですか?
プラセンタ注射で「楽になった」と感じる人がいることは事実です。一方で、現在の医学的評価では、すべての人に効果があると明確に言い切れるだけのエビデンスは十分とは言えません。効果を感じるかどうかには個人差があり、慎重な位置づけが必要です。
Q2. プラセンタ注射には女性ホルモンが含まれているのですか?
いいえ、含まれていません。
妊娠中の胎盤は女性ホルモンを分泌しますが、出産後に排出された胎盤は生きた臓器ではなく、ホルモンを分泌する機能はありません。プラセンタ注射はホルモン補充療法(HRT)とは全く異なるものです。
Q3. プラセンタ注射とホルモン補充療法(HRT)は同じですか?
同じではありません。
HRTは不足しているエストロゲンを補う治療ですが、プラセンタ注射はホルモンを補う治療ではありません。作用の仕組みも、医学的な位置づけも異なります。
Q4. なぜガイドラインではプラセンタ注射が標準治療として扱われていないのですか?
ガイドラインでは、推奨するために十分な質と量のエビデンスが求められます。プラセンタ注射については、日本語の研究報告は存在するものの、症例数や研究デザイン、評価指標などの点で、標準治療として強く推奨できるだけの根拠が十分とは言えないためです。
Q5. 日本語の研究論文は存在するのですか?
はい、存在します。
主に更年期障害女性に対する使用経験や、簡略更年期指数(SMI)などを用いた症状変化を評価した日本語の報告があります。ただし、観察研究が中心で、長期予後や客観的評価を十分に検討した研究は限られています。
Q6. なぜプラセンタ注射を受けると献血ができなくなるのですか?
プラセンタ注射はヒト胎盤由来の製剤であり、現在の検査技術では理論上すべての未知の感染因子を完全に否定できないためです。実際に感染が起きたからではなく、輸血を受ける側の安全を最優先する「予防原則」に基づき、献血が制限されています。
Q7. プラセンタ注射のリスクにはどのようなものがありますか?
一般的には重篤な副作用は少ないとされていますが、注射部位の痛みや腫れなどの局所反応、そして献血ができなくなること(事実上の生涯制限)は重要な点です。開始前に十分な説明を受け、理解したうえで判断することが大切です。
Q8. それでも、なぜ医師はプラセンタ注射を勧めることがあるのですか?
更年期症状は検査で異常が出にくく、HRTが使えない・使いたくない方もいます。その中で、比較的長く使われてきた経験があり、一部の患者さんが体感的な改善を示すことから、選択肢の一つとして提示されることがあります。否定ではなく、臨床現場の背景として理解する必要があります。
Q9. プラセンタサプリメントと注射は同じように考えてよいですか?
いいえ、同じではありません。
プラセンタ注射は医薬品であり、主にヒト胎盤由来です。一方、サプリメントは食品扱いで、多くはブタ胎盤由来です。安全性、規制、効果の評価軸が異なるため、別に考える必要があります。サプリメントについては別の記事で詳しく解説します。
Q10. プラセンタ注射を受けるか迷ったとき、どう考えればよいですか?
「効くかどうか」だけで判断せず、
-
どのような位置づけの治療か
-
何がわかっていて、何がまだ十分ではないか
-
どのような不利益があるか
を理解したうえで選ぶことが大切です。必要に応じて医療機関で相談し、自分が納得できる選択をしてください。
まとめ
― 診断と教育、それぞれの役割から考える
プラセンタ注射は、
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ホルモン治療ではない
-
一部の人が症状改善を感じる可能性はある
-
しかし、エビデンスには限界がある
-
ガイドライン上の標準治療ではない
-
献血制限という大きな不利益がある
という特徴を持ちます。
医療の現場には、それぞれ異なる役割があります。
医師は診断と治療を担い、私のような助産師は、正しい情報を整理し、理解を助け、選択を支える役割を担います。
更年期のつらさにつけ込まれず、「知らずに選ぶ」のではなく「知ったうえで選ぶ」その判断ができる女性が増えることを、私は心から願っています。
【著者プロフィール】
助産師。更年期世代を支える専門家として、臨床・教育・講座活動を行う。医療安全とエビデンスに基づく情報提供を重視し、「選ばない自由」も含めた意思決定支援を専門としている。

